ごあいさつ
Introduction
ホテル風早のレストラン 欧風懐石 秋子想
酒蔵を改装した空間で
200年の時を超えて。
欧風懐石 秋子想(ときこそう)として使用している建物は、
江戸時代文化10年(1813年)に酒蔵として建てられました。
約30年前に、朽ちはてていたその蔵を大改装し、レストランとして開業。
以来、地元の方や観光客の方々にご愛顧いただいております。
お料理は、豆田の旧家に残る江戸時代の献立が記された古文書を参考に、
当時としては珍しかった和洋折衷のメニューを再現いたしました。
食材は、当時と変わらず地元でふんだんに採れる新鮮野菜に、
玄海灘や豊前海等、近隣の海の恵みをとりまぜ、
お箸でいただく欧風懐石のコース料理としてお出ししております。
歴史ある空間で、往時の雰囲気にひたりながら、
ごゆっくりお食事をお楽しみくださいませ。
秋子想 名前の由来
江戸時代、この地日田に有名な儒学者がおりました。
その名は、「廣瀬淡窓(ひろせたんそう)」。
当時日本でも最大級の私塾であった「咸宜園(かんぎえん)」を
創始し、全国各地から4000人を越える入門生を集めた人物です。
「秋子想(ときこそう)」の名前は、
その淡窓の妹として後世に名を残した、
「廣瀬秋子(ひろせときこ)」から拝借しております。
秋子は、病弱だった兄を自らの命に代えても守ろうと祈願し、
大病を患ったときは、数年の間1日も休まず看病をしたと言われます。
佳人としても有名だった秋子ですが、
兄に生涯をつくし 22歳の若さで亡くなりました。
その秋子を想う気持ちを、「秋子想」という名前に込めました。
ちなみに「秋子」と書いて「ときこ」という読み方、
江戸時代「収穫の時」といえば「秋」であったため、
「秋」を「とき」と読んでいたといわれています。
また、咸宜園(かんぎえん)や廣瀬淡窓の生家は、
秋子想から徒歩圏内で観光いただけます。